エンターテイメント系の小説の場合は特にそうなのですが、
「物語に起伏をつくるには、主人公が追い詰められるような事件やトラブルが不可欠だ」
と考えている作家が多数派だと思います。
「シンデレラ曲線」は、おもいっきりその理論ですよね。
※「シンデレラ曲線」については、こちらをご参照ください。
→シンデレラ曲線というストーリーライン アメリカ的な「物語の基本」
ですが……
僕が書く小説では、作中で「大きな出来事(できごと)」は起こっていません(笑
不幸な事件や、やっかいなトラブルが起こらなくても、物語に起伏をつくることができるからです。
物語に起伏を与えているのは『出来事』ではない?
依頼されて物語を書く場合は、クライアントの要望に応じて物語を作成するので、大きな事件が起こったり、やっかいなトラブルに巻き込まれる話を書くこともあります。
ですが、自発的に作成した物語――他者が介入することなく個人で自由に創作した物語では、僕の場合、ほとんどの作品において大きな事件やトラブルは起こりません(笑
『出来事』の面では、これといった起伏(浮き沈み)はないのですが……
でも、主人公の『感情』のほうは、落ち込んだり喜んだり、大きく浮き沈みしています。
そうです、僕の作品では、揺れ動く『感情』を描写することで物語に起伏をつくっているんですね。
作中で大事件が起こっても、淡々としたストーリー展開だと思われることがある
実際のところ、物語に起伏を与えるのは、『出来事』ではなく『想い(感情)』のほうです。
作中で大きな事件が起こっても、登場人物の『想い』が描写されていなければ、読者は淡々(たんたん)としたストーリー展開だと感じます。
「世界の存亡がかかっている」という究極レベルの大問題が起こったとしても、『出来事』ばかりを描写して登場人物たちの『想い』が描かれていないのであれば、読者は何も感じることなく淡々と読み進めます。
読者は、登場人物の心(感情)に共感することによって、物語の起伏を感じとっているからです。
ですので、僕の場合は『出来事』よりも、
「登場人物の想い(感情)」
のほうを重視して、物語に起伏をつくるようにしています。
メジャーな手法ではないけれど……
今回のお話は、あくまでも「本条克明の場合は」という表現方法です。
一般的には、
「いかにして大きな事件やトラブルを作中で発生させるか(どうやって主人公を窮地に追い詰めるか)」
ということを意識して物語に起伏をつくっている作家のほうが多いと思います。
「想い(感情)の浮き沈みで起伏をつくる」という僕のやり方は、けっしてメジャーな手法ではありません。
ですが、
「話を盛りあげるために(作家のご都合主義で)、人が不幸になるような事件やトラブルを発生させたくない」
という人には、試してみる価値のある方法だと思います。
あなたのプロット(物語)を、よりあなたらしく仕上げるための参考になさってみてください。