ブッダ(お釈迦様)は、「人生は苦である」と言いました。
その言葉どおり、私たちはつねに苦悩しながら生きています。
そのいっぽうで、動物たちはくつろいでいます。
野生で暮らしている動物たちも、緊張などしていません。
危険に遭遇しているとき以外は、とてもリラックスしているように見えます。
これはいったいどういうことなのでしょう?
動物たちがくつろぎ、生を謳歌(おうか)しているというのに、なぜ万物の霊長と言われている人間が緊張し、苦悩しているのでしょうか?
人間は苦悩するように進化した
なぜ人間だけがこんなにも苦悩しているのか?
その答えを知るには、『おそれ』という感情を理解する必要があります。
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『おそれ』は、ふたつある
『おそれ』は強烈な否定感情であり、根源的な感情です。
脳科学においては、側頭葉の奥にある扁桃核(へんとうかく)と呼ばれる場所で『おそれ』の感情が生みだされると言われています。
たとえば、「猛獣に遭遇する」といった危険な状況になると、脳は扁桃核からストレスホルモンを放出します。
急激なストレスにさらされたことによって、人は「闘うか、逃げるか」の判断をくだし、危険を回避する行動をとります。
このときのストレスにさらされた状態が「恐怖」と呼ばれている感情です。
そして理解すべきなのは、『おそれ』には「恐怖」のほかに、「不安」という感情があるということです。
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不安を的確に表現すると「事前のストレス」だろう。上司から怒られるとストレスを感じて当然だが、「どうしよう、もし上司に怒られたら」と思うのが不安だ。
出典:『ストレス脳』
アンデシュ・ハンセン:著
久山葉子:訳
新潮新書(2022年)
(第3章 なぜ人は不安やパニックを感じるのか より引用)
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人は、いま現在は安全な状況であっても、危険が起こることを予測します。
この「危険を予測しているとき」というのは、実際に危険に遭遇しているときとおなじ反応が起きます。
脳の扁桃核がストレスホルモンを放出するのです。
これが「不安」という感情です。
動物がくつろいでいられる理由
『おそれ』には、「恐怖」と「不安」があります。
恐怖は、動物にもあります。
そのため、恐怖は自然な感情だと言えます。
不安は、動物にはほとんどありません。
人間だけが、いつも不安にさいなまれています。
不安は「未来を予測する能力」によって生じるため、マインド(思考する心)が発達していない動物は、不安という感情が起こりません。
つまり、「不安は人間特有のものであり、不自然な感情」と言うことができます。
そしてこれが、万物の霊長である人間がくつろげないのに、動物たちがくつろいでいる理由になります。
動物は、「いま、ここ」に危険がなければ、『おそれ』の感情は起こりません。
不安によるストレスがないので、ゆったりとくつろいでいられるんですね。
人間の苦悩は、知性の代償
私たち人間は、動物よりも賢(かしこ)くなったことで、万物の霊長になることができました。
ですが、その賢さのために、人間はたえず『おそれ』の感情をいだくようになりました。
未来を予測する頭脳を身につけたことで「不安」をつくりだすようになったからです。
未来を予測できると、事前に対策を立てたり、計画を練ったりすることができます。
そのいっぽうで、「良くない可能性」や「好ましくないシナリオ」を想起し、不安をつくりだします。
狩猟民族だったころの人類にとって『おそれ』の要因は、生存にかかわることだけでした。
ですが、文明が発達し、複雑な社会を築きあげた現代においては、さまざまなことが『おそれ』の要因になります。
そして、未来を予測する能力がある人間は、無尽蔵と言えるほど次から次へと不安を生みだすようになりました。
失敗するかもしれない――
試験に落ちたらどうしよう――
会社をクビになるかもしれない――
ローンが払えなくなったらどうしよう――
パートナーが浮気をするかもしれない――
明日、世界が終わるかもしれない――
未来について考えたら、いくらでも不安をつくりだすことができます。
未来のことは誰にもわからず、確実なことは何もないからです。
こうして人は絶え間なく不安をつくりだし、苦悩します。
不安は、知性の代償です。
つまり、考える能力を身につけた人間は、苦悩するようにできているんですね。
苦悩を解消するために、人類は
この苦悩(終わりのない不安)から解放される方法として、『瞑想(めいそう)』や『祈り』が考案されました。
瞑想が深まると、無心(無思考)の状態になります。
不安は思考によって生みだされるので、無心になることで不安がわきあがるのをとめることができます。
瞑想によってリラックスし、心が安らぐのは、そのような原理によるものです。
祈りもまた、不安をやわらげます。
全知全能の神が自分の願いを聞き、助けてくれると信じれば、不安は軽減されます。
祈ることで心が軽くなるのは、そのような理由によるものです。
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自己啓発の分野で説かれているプラス思考やポジティブシンキングなども、不安を解消するための技法だと言えます。
脳は、放っておいたら「良くない未来」や「好ましくない結果」を次々と想起し、不安をつくりつづけます。
ですが、意識的に「良い未来」や「好ましい結果」について考えると、不安が起こるのをふせぐことができます。
そして、不安ではなく肯定感情(快)がわきあがってくるようになると、人生が良い方向に進んでいきます。
『ポジティブな人間』がやることは、最終的に『ポジティブな結果』になるからです。
※詳しくはこちらをご参照ください
人生が『苦』ではなく『幸福』になるために
不安は知性によって獲得した「事前に危険を回避する能力」であり、本来はわるいものではありません。
人類がまだ狩猟民族だったころは生存率をあげる能力として、人々の役に立っていました。
ですが、過剰につくりだされる不安によって、人の心は安まることがなく、たえず苦悩しています。
いにしえより人々は、この苦悩(不安)を解消するために瞑想や祈りをおこなってきました。
つまり、
「人類は、心が生みだす苦悩(不安)と闘いつづけてきた」
と言えるんですね。
不安にとらわれない心を身につけましょう。
自分の思考に気づきましょう。
そして、自分が不安になるようなこと(好ましくない未来)を考えていたら、「だいじょうぶ」、「うまくいく」と意識的に思考を修正しましょう。
ポジティブなことを考える習慣を身につけると、不安は激減します。
不安はネガティブな思考によって生みだされるからです。
そして、不安がなくなると、くつろぐことができます。
動物のようにくつろぐことができたとき、人は『平安』を獲得します。
自分の脳がつくりだす苦しみから解放されます。
そして、人生が『苦』ではなく、『幸福』へと変わっていきます。
※関連しているお話
※本条克明の自己肯定暗示法
更新
2024年11月19日 リンクを追加。半角丸括弧による読み仮名を一ヶ所追加。