別サイトで更新していた『「構え」とはなんだ?』という小説作品の投稿が終了しました。
この作品は、六回戦ボクサーである霧山一拳(きりやま いっけん)が、スランプから抜けだす姿を描いた短編小説です。
とうぜんのごとく、この物語の主人公は「霧山一拳」ということになるのですが――
この作品、「霧山一拳」の視点では書いていません。
後輩であり、プロ志望の練習生である「カツオ」の視点で書いています。
今回は、
「主人公の視点で書かない(ほかの登場人物の視点で書く)」
という表現法について、お話しいたします。
「主人公の視点で書かない(ほかの登場人物の視点で書く)」
という表現法について、お話しいたします。
「主人公の視点で描写しない」という表現テクニック
主人公というのは、物語の中心人物です。
ですので、主人公の視点で描写するのが、物語における基本になります。
ですが、
「主人公の視点で描写しない」
という手法もまた、小説では古くから用いられています。
これはけっしてめずらしいものではなく、意外とポピュラーな表現法なんですね。
この技法の好例は、世界的に有名なあの古典ミステリー
あなたは、シャーロック・ホームズをご存じですか?
……知らない人って、あまりいませんよね(笑
そう、あの世界的に有名な名探偵です。
では、『シャーロック・ホームズ』の主人公は、いったい誰でしょう?
……それはもちろん、シャーロック・ホームズですよね(笑
ですが、原作者のコナン・ドイルは、ほとんどの作品を「シャーロック・ホームズ」の視点で書いていません。
ホームズの助手であり親友である「ジョン・H・ワトスン(ワトソン)」の視点で物語を描写しています。
メリット① 主人公の心情や行動を隠すことができる
この技法のメリットとして、
「主人公の心理や思惑(おもわく)、主人公の行動などを、読者に伏せたまま話を進めることができる」
ということが第一にあげられます。
僕の作品の『「構え」とはなんだ?』の場合は、
「霧山一拳がスランプから抜けだしていく姿を描くこと」
に主眼をおいていました。
ですが、霧山一拳の視点で描くと、「スランプから抜けだせずに苦悩する心理」や「スランプを克服したときの喜び」などの描写が大部分を占めることになるため、作者の伝えたいメッセージがかすんでしまいます。
僕は、主人公の『心理』ではなく『姿』を描きたかったので、あえて主人公の視点ではなく、
「主人公を敬愛している後輩」
という視点を使い、「主人公・霧山一拳を見守る」という立場から描写することにしました。
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このメリットは、ミステリーのように『謎解き』の要素がある作品で、より効果を発揮します。
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主人公は探偵で、重要な出来事が起こるごとに探偵は一歩一歩、勝利に近づいていくのだ。しかも作家としては、この一歩一歩をはっきり書き込みながら、何とかして読者に出来事の持つ意味あいを悟らせないようにしなければならない。
――〈中略〉――
たとえば、主人公のピーター・ポワロ卿が94ページで電話をかけなくてはいけないとしよう。229ページの謎ときでこれが重要なポイントになるのだから、電話したことを伏せるわけにはいかない。が、電話の内容をそのまま書いたのでは、種が割れてしまいそうだ。
出典:『ミステリーの書き方』 アメリカ探偵作家クラブ:著 ローレンス・ストリート:編 大出健:訳 講談社文庫(1998年)
(第16章 ワトスン役は必要か――レックス・スタウト より引用)
※ネット上(横書き)で読みやすいように漢数字を半角数字にして、体裁を整えてあります。
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主人公の視点で書いた場合、主人公の行動や思惑を描写しないわけにはいきません。
ですが、「謎解き」の場合はそれだとネタバレになってしまうことが多々あります。
でも『シャーロック・ホームズ』シリーズのように、主人公ではない登場人物の視点で描写をすれば、この問題は解決します。
「ネタバレになりそうな主人公の思惑や行動」を、読者には教えずに伏せたまま話を進めていくことができるからです。
メリット② 主人公の魅力を表現しやすい
もうひとつのメリットとして、
「主人公の視点で描写しないほうが、主人公のキャラが立ちやすい」
ということがあります。
※「キャラが立つ」とは、「登場人物に個性があり魅力的である」という意味の表現です。
主人公の視点で物語を書くと、主人公の魅力をうまく表現できないことがあります。
主人公自身のことが、描写されなくなるからです。
これが、視点えらびのむずかしさだったりするんですよね(苦笑
視点となっているキャラクターは「カメラ」や「語り手」の役をになっているので、「自分の姿」はほとんど描写されません。
視点となっているキャラクターは「人物」としての存在感が薄くなるため、作中でキャラを立たせるのが容易ではないんですね。
この「むずかしさ」を逆手にとった表現法が、
「もっともキャラを立たせたい人物(=主人公)の視点で描写しない」
というやり方なんですね。
『シャーロック・ホームズ』シリーズは、ワトスンの視点を使うことによって「ホームズの魅力」を表現しています。
ホームズの洞察力や推理にワトスンが驚嘆することによって、「シャーロック・ホームズ」というキャラクターを際立(きわだ)たせているんですね。
小説では「視点」が重要 視点えらびは妥協しないようにしよう
主人公の視点で描写しない、という表現法には、
「主人公の心理や思惑、行動などを、読者に伏せたまま話を進めることができる」
「主人公の魅力を表現しやすい」
といったメリットがあります。
ですが、とうぜんデメリットもあります。
- 視点となっている人物自身のことを表現するのがむずかしい
- 視点となっている人物のことを表現しすぎると「語り手」としての役まわりを超えてしまうため、主人公の存在がかすんでしまう(語り手に主役が食われてしまうリスクをつねにはらんでいる)
基本とはちがうやり方なので、けっして簡単な表現方法ではありません。
ですが、ジャンルや、作品で伝えようとしているテーマによっては、この表現法が大きな効果を発揮します。
小説の創作において、視点えらびは重要です。
視点によって、作風や、作品をとおして表現されるものが変わったりします。
今回ご紹介した方法を、視点えらびをするときの参考になさってみてください。
※「視点」に関するほかのお話
→一人称形式(一人称一視点)で小説を書くメリット
→三人称形式とは? いまさら人に聞けない小説の基本
→「中立の視点」の書き方 三人称形式の基本は客観視点
→「神の視点」という小説の表現法
→三人称小説で、登場人物の視点で描写する方法
→「登場人物の視点」と「中立の視点」を組み合わせて書けるのが三人称形式
→三人称形式で、複数の登場人物の視点をあやつる
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