2018年9月21日金曜日

一人称形式(一人称一視点)で小説を書くメリット


 前回の記事で、「主人公ではなく、ほかの登場人物の視点で描写する」という表現方法についてお話ししましたが――

こちらをご参照ください。
「主人公ではなく、ほかの登場人物の視点で描写する」という小説表現法


 この表現法のデメリットについての記述を読み、
「そんなの三人称形式で書けば、状況に応じて視点を変えることができるんだから、ぜんぶ解決するじゃん」
 と思った人もいるかと思います。

 はっきり言って、そのとおりです(笑
 三人称形式で複数の視点を完璧にあやつれるのであれば、問題はすべて解決します。

 ですが、それでも作家は、あえて一人称一視点(いちにんしょう・いちしてん)という表現方法を選択することが多々あります。
 もちろん、メリットがあるからです。

 今回は、
「一人称形式(一人称一視点)」
 という表現方法について、考えてみました。


一人称形式で小説を書く


「一人称一視点」というのは、地の文を、ひとりの登場人物の視点で描写し、その人物の一人称(私、俺、僕など)で表現する書き方のことです。

 簡単に言うと、

********
「視点えらび? それについては、はいつだって苦労してるよ」
 と、はなかば愚痴るように言った。
********

 ↑こういう書き方のことです(笑

 地の文(会話以外の説明の文。シナリオの『ト書き』にあたるところ)を、ひとりの登場人物の立場から、その人物のモノローグであるかのように書くんですね。

モノローグとは「独白(どくはく)」や「独り芝居」という意味の言葉。
 小説やマンガにおけるモノローグは、主に「心のなかの声」のことを指しています。


一人称一視点にはデメリットがある


 まずは、一人称一視点のデメリットについて『ミステリーの書き方』という書籍から引用を。

**********
 一人称形式は制約が多くて扱いにくい。「わたし」は思ったことを洗いざらいぶちまけることになり、かえって厚みが出にくいのだ。

 ――〈中略〉――

 フィリップ・マーローもマイク・ハマーも、どんなにうまく料理したところで、結局、のっぺらぼうの「わたし」に還元されてしまい、くじけずに頑張る男という平凡な印象がうっすら残るだけなのだ。
 よく書けた一人称形式の小説でも、あらためて思い出してみると、わき役のほうがよほどはっきり印象に残っている。三人称で性格描写されたおかげである。

出典:『ミステリーの書き方』 アメリカ探偵作家クラブ:著 ローレンス・ストリート:編 大出健:訳  講談社文庫(1998年)
(第14章 人物に厚みを持たせる方法――ジョン・D・マクドナルド より引用)
ネット上(横書き)で読みやすいように改行を一回加えて体裁を整えてあります。
**********


 視点となっている人物(わたし)は、心理や思惑(おもわく)、行動のいっさいを読者に明かすことになります。
 何もかもが読者に筒抜けになるため、かえって「人物」としての魅力をそこなう可能性があるんですね。

 また、視点となっているキャラクターは「カメラ」や「語り手」の役をになっているので、「自分の姿」がほとんど描写されません。
 それもまた、視点となっている人物の魅力をそこなう要因になります。


 要するに、
「キャラが立ちにくい」
 ということです(苦笑

「キャラが立つ」とは、「登場人物に魅力があり個性的である」という意味の言葉。物語の創作にかかわる業界ではよく使われる表現です。


 ジョン・D・マクドナルドは、
  のっぺらぼうの「わたし」
 という言い方をしていますが、主人公の一人称一視点で書いた場合、主人公の姿かたちが見えてこない作品になってしまうことがあるんですね。
 ある意味、致命的なデメリットですよね(苦笑


 ですが、それでも小説家は「主人公の一人称一視点」を選んで書くことが多々あります。
 ぶっちゃけて言うと、僕自身、三人称よりも一人称形式で表現するほうが好きだったりします(笑

 理由はもちろん、一人称一視点ならではのメリットがあるからです。


一人称一視点で書くメリット だから作家は一人称形式を選択する



メリット① 視点のブレがない

 小説の失敗でありがちなのが、「視点がブレすぎている」というケースです。

 視点が節度なくあちこちへ移動すると、読者は混乱します。
 何を表現したいのかが伝わってこず、読者は感情移入することも、物語を解釈することもできません。
 ひどい場合は「読むに堪(た)えない」という作品になってしまうことさえあります。

 ですが、一人称一視点の場合は、視点が固定されているので、この手の失敗は起こりません。


メリット② 読者の共感を得やすい

 一人称一視点では、視点となっている人物(わたし)は、心理や思惑、行動のいっさいを読者に明かすことになります。
 それはたしかにデメリットではあるのですが、同時に、メリットでもあるんですね。

 読者は、視点となっている「わたし」の心理や行動を、ずっと読みつづけることになります。
 つまり読者は「わたし(主人公)」と同化したかたちで物語の世界にはいっていくことになるんですね。

 ジョン・D・マクドナルドは、フィリップ・マーロウやマイク・ハマーのことを『のっぺらぼうの「わたし」』と言っていますが、にもかかわらずマーロウやハマーがいまだに世界的な人気をほこっているのは、一人称小説ならではの共感にあるんですね。
 マーロウやハマーが主人公の作品は、「タフな探偵になった気分」で読むことができるのですから。


メリット③ 一人称形式のほうが文章におもしろみがある

 僕が一人称形式を好んでいる最大の理由です(笑

 台詞(せりふ)や会話の文章は、登場人物が語っている言葉ですので、口語体(話し言葉)で書きます。
 ですが、地の文については文語体(書き言葉)で書くのが一般的です。

 たとえば――

************
 誠一(せいいち)が教室のなかを見渡すと、残っているのはカツオと暮咲香苗(くれさき かなえ)のふたりだけだった。
 ほかの掃除当番は「あとは任せた」とカツオに言い残して帰ってしまったのだ。
 カツオはたしかに「へたれキャラ」ではあるのだが、それにしてもこれはナメられすぎだと誠一は思った。

「しかたねぇな、俺も手伝ってやるよ」
 そう言って、誠一は机を運びはじめる。
 本心を言うと、カツオのためではなかった。誠一は、香苗のために手伝ってあげようという気持ちになったのだ。

「セーチくん、ありがとう! 本当にありがとう!」

 カツオは歓喜して言い、感激した目を誠一に向けている。
 誠一は、少し後ろめたい気持ちになった。
************


 ……地の文を三人称形式の文語体で書いた、ふつうの文章ですよね。

 これを誠一の一人称一視点で書くと、
 ↓こうなります。

************
 見ると、教室に残っているのはカツオと暮咲さんのふたりだけだった。
 ほかの連中は「あとは任せた」とカツオに言い残して帰ってしまったそうだ。
 へたれキャラにもほどってもんがあるだろ。ナメられすぎだぞ。

「しかたねぇな、俺も手伝ってやるよ」
 暮咲さんのために、と心のなかで付け加えて、俺は机をはこびはじめた。

「セーチくん、ありがとう! 本当にありがとう!」

 よせカツオ、そんな感激した目で俺を見るんじゃない。後ろめたくなるだろうが。

『きみの微笑みが嬉しくて』 第一章 俺だけは、ちゃんと気づいてるんだ より抜粋
************


 ……だいぶ、文章に「おもしろみ」がでましたよね(笑

 文語体(書き言葉)は、台詞や会話などの口語体(話し言葉)よりも、表現や言いまわしが堅(かた)いです。

 ですが、一人称一視点の場合は、地の文が視点となっている人物のモノローグ(心のなかの声)ですので、口語体(話し言葉)で表現することができ、読みやすくやわらかい文章になります。
 つまり、全体の文章を「主人公の語り口調」で表現できるんですね。


あなたの物語に最適な形式を選択しよう


 物語は、文語体(書き言葉)で表現するよりも、登場人物の語り口調で表現したほうが、読みやすく、おもしろみのある文章になります。
 台詞による表現がたくみな作家の場合は、特にそうです。

 それに、書いていて楽しいですしね(笑


 一人称一視点という表現方法には、デメリットもありますが、それを上回るほどのメリットもあります。

 三人称形式のほうがいいとか、一人称形式のほうがすぐれているとか、そんなものはありません。
 あるのはただ、
「あなたの物語を表現するのに、どの形式がいちばん合っているのか?」
 それだけです。

 あなたの物語を小説にするときの参考になさってみてください。


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