2018年11月23日金曜日

「神の視点」という小説の表現法


 中立の視点と似た三人称小説の書き方に、「神の視点」と呼ばれているものがあります。

 今回は、
「神の視点による描写のしかた」
 について、お話しいたします。


神の視点で文章を書く


「神の視点」による描写のしかたは、中立の視点とほとんど一緒です。

こちらをご参考ください
「中立の視点」の書き方 三人称形式の基本は客観視点


 ですが、決定的なちがいがあります。

 中立の視点はカメラ視点であるため、「物語の世界のなか」にありながら登場人物や舞台などを描写していましたが、神の視点では「物語の外側」から物語世界を描写するため――

 ……って、こういう学術っぽい説明だとかえってわかりにくいですよね(苦笑

 簡単に言ってしまうと、
「地の文において、何もかもを知っている立場から書くのが神の視点」
 ということです。


神の視点では、語り手は何もかもを見透かしている


 中立の視点は、「客観的な事実を書く」という書き方です。
 映画やドラマで例えると「カメラ」の視点になります。
 つまり、自分自身もその場にいながら「いまそこで起こっている出来事」を、客観的な立場(カメラ視点)で見つめ、それを言葉にして実況するんですね。

 視点(カメラ)もそのシーンのなかにいますので、

おなじ時間にほかの場所で起こっていること
その後どのような展開になるのか

 そういったたぐいのことは一切(いっさい)わからない――という立場で書きます。


 いっぽう、神の視点の場合は――

 神のごとく何もかもを知っている立場で描写をしますので、その場にいる者には知り得ないようなことも書きあらわします。

 遠くはなれたアメリカの地で打倒ホンジョーの動きが急加速していることを、このときホンジョーはまだ知らずにいた。

 とか、

 軽い気持ちでくだしたその決断が、のちにとんでもない事件に発展することを、ホンジョーは知るよしもなかった。

 といった表現は、典型的な「神の視点」です。

 初心者の場合は、それが神の視点による表現だと気づかずに、神の視点で書いていることがよくあります。
 本人は「中立の視点」で書いているつもりでも、

知るよしもなかった
このときはまだ知らずにいた

 そういった表現を使ってしまうと、その時点で「神の視点」になります。
 それは、物語の世界を「外側から見ている者」による表現だからです。


「中立の視点だろうが神の視点だろうが、ちがいなんてわずかなんだから、どっちだっていいんじゃないの?」

 もしかするとそんなふうに思った人もいるかもしれませんが――

 神の視点というのは、安易にもちいるべきではありません。
「知らないうちに神の視点になっていた」などということは、絶対にさけるべきです。

 神の視点は、読者に敬遠されるリスクがあるからです。


「神の視点」は賛否両論


 神の視点は、「作家の視点」とも言われています。
 そう、この場合の『神』というのは、その物語を書いている人物――すなわち「作家自身」のことなんですね。

 物語の創作者である作家は、とうぜん何もかもを見透かしています。

その場所とちがうところで、いま、何が起こっているのか
その後、どのような展開になるのか

 作家はそのすべてを知っています。

 ですので、神の視点で描写すると、
「作家の都合(つごう)で書いている」
 と見なされてしまい、読者に興ざめされる可能性があるんですね(汗


 本来、小説というのは、

風景や場面をイメージしたり――
登場人物に共感したり――

 そうやって「物語の世界」にはいっていくことが最大の楽しみであるはずです。

 つかのま、現実の世界をはなれて物語の当事者になる――
 そんな夢のような時間をもてることが、物語のいちばんの魅力です。

 ですが、

このとき彼はまだ知るよしもなかった。

 といったたぐいの表現がはいり込んできた瞬間に、視点が「物語の外側」にあることが発覚します。
 それによって読者は「現実の世界」へとひきもどされてしまうんですね。


 これって、物語の表現としてどう思います?

 ……まさにそれが、「神の視点」が賛否両論である理由なんですね。


「神の視点」を選択するとき(本条克明の場合)


 ちなみに、僕も「神の視点」には否定的です。
 よほどの理由がないかぎり、この視点は選ばないほうが賢明だと思っています。

「じゃあ、その『よほどの理由』ってなんだ?」
 と思った人もいるかもしれませんが――

 めったにないことですが、プロット(物語の構想)を練った時点で、
 ↓このように判断した場合です。

  • この作品に関しては、「物語の書き方」で書くより、「お話を語る」という趣(おもむき)で書いたほうが適している
  • 作中に『謎』などの読者をひきつける要素がほとんどない


 後者の、
「作中に読者をひきつける要素がほとんどない」
 というのは、かなり深刻な理由ですよね(苦笑

 物語にひきこむ要素が少ないので、

 このあととんでもない大事件が起こることを、彼は知るよしもないのだった。

 といったたぐいの表現を作中にいれ、つづきが気になるような書き方をするんですね。

 要するに、
「この先の展開をほのめかすことで、『謎』の要素の代わりにしている」
 ということです。

「作家自身がネタばらしをすることで、読者の気を引く」
 というやり方ですので、ある意味、作家として反則行為です。

 こういったことは、できるかぎりやらないほうが賢明ですよね、やっぱり。


『謎』のつくり方については、こちらをご参考ください
物語における『謎』のつくり方と、気をつけなければいけないこと



「神の視点」で書くのが一般的なジャンルもある


「神の視点」に対して否定的なことばかりを述べましたが――

 小説には、神の視点がメジャーなジャンルもあります。

 それは、歴史小説です。
 歴史小説では、
「後世の歴史家(歴史研究者)の視点」
 で書くことが一般化しており、読者もそれを承知しています。

「後世の歴史家(歴史研究者)」というのは、歴史小説家のこと――すなわち、その小説を書いている作家自身のことです。
 なので、おもいっきり神の視点(作家の視点)で書くことができます。


 歴史小説では、「後世の歴史家の視点」で書くため、

そのとき、別の場所では何が起こっているのか――
その後、どのような出来事(できごと)が起こるのか――

 そのすべてを把握している立場から描写します。


 逆に、神の視点(後世の人物の視点)で書くことによって、歴史小説らしさをだすこともできます

 たとえば、田中芳樹(たなか よしき)先生の『銀河英雄伝説』という作品はスペースオペラ(宇宙を舞台にしたSF)なのですが、歴史小説の手法が使われています。

 そのため、

************
 ……宇宙歴七九八年、帝国歴四八九年は、まだその前半を終えただけである。銀河帝国と自由惑星同盟の双方を驚愕させる事件が発生するまで、なお一ヶ月を必要とした。

出典:『銀河英雄伝説(3) 雌伏篇』 田中芳樹:著  徳間書店・トクマノベルズ(1984年)
************

 このように、「1ヶ月後に何が起こるのかを知っている者(後世の歴史家)」の視点による描写がおこなわれています。

 こういう表現があると「歴史小説を読んでいるような感覚」になるので、架空の未来のはずなのに、まるで本当の歴史(現実に起こったこと)であるかのように感じて、物語の世界にひきこまれます。

 神の視点には、こういう使い方もあるんですね。


一人称小説でも「神の視点」と同様の表現をする方法がある


「神の視点」は中立の視点とほとんどおなじものなので、客観視点が原則――だから、三人称形式でしか表現できない。

 そのように思っている人もいるかもしれませんが、かならずしもそうではありません。
 一人称小説でも「神の視点」とほぼ同様の表現をする方法があります。

 それは、回想(かいそう)です。

 回想というかたちだと、視点となっている人物(私)は「何もかもが終わったあと」の立場から語っているので、すべてを見透かしています。

 そのため、

 その判断がのちに大問題に発展することを、このときの私は知るよしもないのだった。

 というような「神の視点」と同様の描写が可能になるんですね。


視点の特性を理解することが、視点を使いこなす秘訣


「神の視点」という表現法は、読者に敬遠されるリスクのある書き方です。
 初心者の場合は、自覚がないまま「神の視点」で書いてしまい、作品の評価をさげることがあるので注意が必要です。

 とはいえ、「神の視点」がわるいというわけではありません。

 視点には、善し悪しなんてありません。
 あるのはただ、
「その物語に合っているかどうか?」
 ということだけです。

 視点の特性をよく理解したうえで、あなたの物語に合った視点を慎重に選ぶように心がけましょう。

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更新
2018年12月1日、7日、14日 リンクを追加。
2019年1月26日 文章表現を一部改訂。
2020年1月3日 文章表現を一部改訂。