私は29歳のときにうつになり、引きこもりの生活をしていました。
そんな私に、うつから立ち直るきっかけを与えてくれたのは、昭和の特撮ドラマでした。
※こちらをご参照ください
そして、「自力でうつを克服する」という難題にいどむことになったのですが……。
そこからうつを克服して社会復帰をはたすまでに、およそ3年の月日を要(よう)しています。
「自力でうつを克服する」というのはほとんど前例のないことであり、それだけ難題だった――
という言い方をすれば格好(かっこう)がつくのですが、本当のところは、遠回りをしたからです。
瞑想で、うつや引きこもりを克服しようと試みた
自力でうつを克服する――
そのために試(こころ)みたのが、瞑想(めいそう)でした。
現在、普及(ふきゅう)している言葉の使い方として、「マインドフルネス」という言い方もできます。
※マインドフルネスとは、瞑想技法などによる「脳の休息法」のこと。
瞑想は宗教的な悟り(無心)に到達することを目的にしており、マインドフルネスは「脳の休息」を目的にしています。
目的が異なっていますが、技法は基本的におなじものなので、言葉のちがいにこだわるとかえって混乱を招くおそれがあります。
当記事では「瞑想」という言葉を使用いたします。
ページ内目次
自分に合った瞑想技法を見つける
「心の病には、瞑想が効果的」という情報を得ていたので、私は自力でうつを克服しようと決意してすぐに、瞑想について勉強しました。
特に、技法はかなり研究しました。
「瞑想」と言うと、日本では座禅のイメージが強いため、座ったまま動かないことが瞑想だと思われています。
ですが、瞑想はそれだけではありません。
瞑想には、たくさんの技法があります。
そして、数多くの技法のなかから自分に合っているものを見つけだし、それを継続しておこなうことが、瞑想の効果を得る秘訣(ひけつ)になります。
うつの人が瞑想をするむずかしさ
うつを治すために瞑想する――
言葉にすると簡単なことですが、実際は、本当にたいへんでした。
うつの人間は無気力にさいなまれており、行動することができないからです。
朝、起床してすぐに「今日はこの瞑想技法をやるぞ」と決意したものの、心に強烈なブレーキがかかっていて行動することができない――
「やらなくては」と思いながらもはじめることができず、時間がどんどんすぎていく――
夜になってようやく意志の力が勝ち、30分だけなんとか瞑想できた――
瞑想をはじめたばかりのころは、毎日がそんな感じでした。
瞑想によって到達した心理状態
それでも継続しているうちに、長時間の瞑想ができるようになりました。
引きこもりの生活でしたので、ほかにやることなんてありません。
瞑想をする時間はたっぷりありました。
こんなに長時間、瞑想をしている人なんて、出家した僧侶でもなかなかいないのでは――そう思えるほど、徹底的に瞑想しました。
瞑想をしている時間が長くなったことによって、瞑想状態(心が落ち着いている変性意識状態)も深くなっていきました。
そして、瞑想を重ねた結果、たどりついた境地は、「このままでいい」という心理状態でした。
私のマインド(思考する心)は、何も変わっていません。
「私はだめな人間だ」、「何をやってもうまくいく気がしない」という否定感にとらわれ、自己否定の連鎖におちいったままです。
私の思考パターンは相変わらず否定的なままなのですが……
瞑想が深くなったことによって、自分の思考を傍観(ぼうかん)できるようになり、否定的な思考をやりすごせるようになりました。
つまり、
「自分の心(思考)はうつのままだけど、その心と同化しなくなったので、それが苦悩ではなくなった」
ということです。
私の心は否定的なまま変わっていません。
「引きこもり」という状況も変わっていません。
変わったのは、私の心理状態です。
「このままでいい」
「私はこういう人間だ」
と、うつで引きこもりの私を受け入れ、心の安らぎを獲得しました。
心の平安を得たので、そういう意味では「瞑想でうつを解消した」と言うことができます。
実際に、「私はもう、うつではない」という自覚があったので、その状態のまま、2ヶ月ほどすごしました。
そしてある日、思い至ります、
「いや、このままでいいはずがない!」
と。
うつを克服して引きこもりから抜けだし、社会に復帰する――それを目的にしていたはずなのに、このままでいいはずがない。
家族――特に同居しているふたりの兄には迷惑をかけっぱなしだというのに、このままでいいなんて、絶対におかしい。
そして私は、瞑想生活を終了し、「うつを克服して社会復帰する」という本来の目標を達成するため、肯定暗示(自己暗示)へ移行することを決意したのでした。
瞑想は、現状を変えることなく安らぐためのもの
私が瞑想をしていたのは、およそ1年半。
引きこもりの状態だったので、人と会うことをせず、ほとんどの時間を瞑想に費(つい)やす生活でした。
それはある意味、人里はなれた山奥にこもって修行をしている僧侶と似た生活だと言えます。
それだけのことをやったので、かなり深い瞑想状態にはいれるようになりました。
その結果、たどりついたのは、
「現状を変えること」ではなく、
「現状のまま心が安らぐこと」でした。
それは、瞑想としては大成功なのだと思います。
瞑想が目指しているのは外側(現状や環境)に関係なく、心の安らぎを得ることだからです。
しかし、それでは「うつ」や「引きこもり」という問題を解決することはできません。
瞑想とは、問題や課題を解決するためのものではなく、「問題や課題をかかえていても、安らいでいられるようになるためのもの」だったんですね。
私はそれを、身をもって知りました。
「心の安らぎを得る」という目的でおこなうのなら、瞑想はとてもすばらしいもの
近年のマインドフルネスの流行によって、瞑想技法の良い効果ばかりが強調されています。
そのため、瞑想によってなんでも解決できるかのように思っている人も少なくありません。
ですが、瞑想技法は、心の平安を得るための手段です。
その最終的な境地は「無心」であり、何も望まないという心理状態です。
「現状を変える」という目的で瞑想技法を実践(じっせん)しても、効果は得られない可能性が高いです。
私の場合が、まさにそうでした。
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瞑想には、良い効果が多々あります。
心の安らぎを得るための方法として、人類があみだした最高のアイデアだと言えます。
そのためにおこなうのであれば、瞑想はとてもすばらしいものです。
今回のお話(本条克明の体験)を、瞑想を正しく理解し、正しい目的で瞑想をするための参考にしていただけましたら、うれしく思います。
※うつに関するほかのお話
※本条克明がうつを克服した方法(肯定暗示法)
更新
2024年7月21日 ラベル(うつを克服した話)を追加。ページ内目次を追加。
2024年11月8日 ラベル(精神世界)を追加。