2018年10月5日金曜日

手塚治虫先生の『火の鳥』から、物語づくりの高等テクニックを学ぼう


この記事は『火の鳥』について語っているため、ネタバレになる記述がふくまれています。あらかじめご了承のうえ、ご閲覧ください。


 現在、文庫版の『火の鳥』が刊行されていますが――
当記事を投稿した2018年10月のことです。

『火の鳥』は、はっきり言ってすごい漫画(まんが)です。
「おもしろい」というレベルを超越しており、「すごい」としか言い表せない作品です。
 読み返すたびに新たな発見があり、物語づくりにたずさわる人間の端(はし)くれとして、たいへん勉強になります。

 どんなふうに勉強になるのかと言うと……

 というわけで今回は、
「本条克明が『火の鳥』から学んだ物語のテクニック」
 について、お話しいたします。


『火の鳥』から、物語の創作技法を学ぶ


『火の鳥』は、手塚治虫(てづか おさむ)先生のライフワークと言われており、手塚先生の代表作のひとつです。
ライフワークとは、生涯(しょうがい)をかけておこなう仕事のことです。

 1巻、2巻……と番号がつけられていますが、それぞれ「~編」で独立(完結)しているので、順番に読む必要はありません。

 火の鳥は永遠の生命をもつ神秘的な鳥――その生き血を飲んだ者は永遠の命を得られると言われています。

 それぞれの編によって時代や場所が異なっており、過去・現在・未来にわたって壮大な物語がくり広げられます。
 各編でそれぞれ異なる世界が描かれていますが、火の鳥という存在を通じて物語がリンク(連結)しています。


『火の鳥』をはじめて読んだときの感想(本条克明の場合)


 僕が『火の鳥』に夢中になったのは高校生のとき――かれこれ30年前になりますね。

 当時、はじめて『火の鳥』を読んだときの感想は、
「これ、本当に手塚先生が書いた漫画なのか!?」
 という驚きでした。

 僕のなかでは、手塚先生と言えば「『鉄腕アトム』などの少年漫画を書いた人」というイメージだったので、『火の鳥』を読んだときは本当に衝撃的でした。

 とにかく、人間が残虐――

 各編ごとに時代や舞台が異なっていますが、時が移り、場所が変わっても、人類の営(いとな)みは愚かで、エゴイスティックで、残酷なものとして描かれています。

 そんな愚かで残酷な人間社会のなかで、人々は必死に、もがき苦しみながら生きています。
 その姿は愛(いと)しく、感動的です。
 当時高校生だった僕は、『命』について深く考えるきっかけを与えられました。


『火の鳥』から学んだ創作技法(本条克明の場合)


 感想はこれぐらいにして、そろそろ本題にはいりましょう。
 プロットづくりにおいて、僕が『火の鳥』から学んだことは――

プロットの意味についてはこちらをご参照ください。
小説における「プロット」とは?


物語の圧縮

『浦沢直樹の漫勉』という番組の藤田和日郎(ふじた かずひろ)先生の回のときに、
「藤田先生の漫画は、手塚漫画に似ているところがある」
 という話の流れで、浦沢直樹(うらさわ なおき)先生がこんなことを語っています。

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 コンパクトっていうか、圧縮っていうか――
 手塚先生の漫画にあるのは、圧縮したなかに情報量がどのくらいはいるかっていうことで、これだけ圧縮しても情感はうしなわれないとか、それを目指すっていうやり方――
 だって『火の鳥』って、あんな(壮大な)鳳凰(ほうおう)編とかって1冊ですからね。

出典:『浦沢直樹の漫勉』 藤田和日郎 (2015年9月11日放送 NHK Eテレ)
参考サイト:浦沢直樹の漫勉 藤田和日郎(NHKオンライン)
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 僕も、浦沢先生に同感です。
『火の鳥』がすごいのは、ものすごくスケールの大きな話を1冊、長くても上下巻の2冊以内にまとめているところなんですよね。

 それでいて、無理やり詰め込んでいる感じや、急いで話を進めている印象は受けません。
 見せるべきところは、しっかりと描写しています。
 そのうえ、ギャグやユーモアにコマを使う余裕すら見られます。

 これはやっぱり、「圧縮」のテクニックとセンスが並外れていることによるものだと思います。

本来なら大長編になるような物語を1冊で完結させる――
そこまで物語を圧縮しておきながら、情報量や熱量はそこなわれない――
いや、圧縮しているからこそ密度が濃くなり、作品に込められたメッセージやエネルギーが強烈に伝わってくる――

 この部分ですよね、手塚先生の『火の鳥』から学んだいちばん大きなことは。

  • 物語は引き伸ばすのではなく、凝縮して、可能なかぎり短くまとめる
  • そうすることで、情報や熱量の密度が増して、より質の高い作品になる

 いまではそれが、プロットづくりにおける僕の信条になっています。

 ……と言っても、簡単なことじゃないんですけどね(苦笑

 だからこそ、もっと手塚先生の漫画を読んで、いっぱい勉強しないとなぁ。


基本とはちがうストーリーの流れ

 ストーリーの流れをつくるにあたり、「起承転結(きしょうてんけつ)」や「シンデレラ曲線」といった基本があります。

こちらをご参考ください。
シンデレラ曲線というストーリーライン アメリカ的な「物語の基本」


 ですが、『火の鳥』では基本を無視してストーリーが組まれています。

 たとえば、未来編――
 本来であれば、物語の後半や終盤というのはクライマックスになるので、めいっぱい盛りあげるのがストーリーづくりにおける基本です。
 ですが、未来編の後半は、すべての生物が死に絶えた地球で、死なない体を与えられた主人公マサトだけが生きています。
 主人公に与えられた役目は、地球に生命がもどるのを見守ること――30億年のあいだ、ひとりで地球を見守りつづけること。
 この展開で、話が盛りあがるはずがありません。

 こんなクライマックス、物語の基本からおもいっきりはずれているのですが……

 にもかかわらず、つづきが気になって最後まで読んでしまいます。
 物語としてちゃんと成立し、成功しています。
 この話のつくり方、見せ方、読者の引き込み方は、本当にすごいです。


『火の鳥』ではほとんどの編で、基本とはちがうやり方でストーリーが組まれています。

 ですので、すでに物語の基本をマスターした人や、ストーリー展開がパターン化してしまっている人が、
「基本をくずしたストーリーづくり」
 というさらに上のテクニックを学ぶ段階になったときに、『火の鳥』という作品はとても良い模範になります

「血なまぐさい事件や派手なバトルで盛りあげるだけの、内容の薄い物語しかつくれない」
 そういったことで行き詰まっている人は、『火の鳥』をくり返し読み、ストーリーの組み方を研究することをお勧めいたします。


『火の鳥』を分析して研究すれば、多くのことが学べる


 正直、『火の鳥』という作品については、まだまだ語りたいことがいっぱいあるのですが――

 でも、このへんでやめておきます(笑

 今回ご紹介した僕の考察を参考に、ここから先は、あなた自身で『火の鳥』を研究し、創作の秘訣をつかみとってください。

物語の分析・研究のしかたについては、こちらをご参考ください。
プロット(物語)の作成能力を養う練習法


『火の鳥』という作品は、基本を超越した高度なテクニックで物語がつくられています。
 人の受け売りではなく、自分の頭で分析する――その努力によって、あなたは多くのことを学ぶことができます。

 あなたの今後の創作活動に、きっとプラスになると思います。


よろしければ、こちらの記事もご参考ください
小説のプロットを仕上げる (本条克明の小説作法4)
「物語の起伏」は、事件やトラブルが起こらなくてもつくれる?
自分の頭で考える それが個性のはじまり
拡大鏡(メガネタイプのルーペ)で、文庫版のマンガが快適に読めた!


更新
2018年10月9日 カテゴリ(ラベル)を変更。
2018年12月14日 補足説明の括弧が半角になっていたのを全角に訂正。
2019年1月17日 「塚」の字を公式表記に変更。(ご利用のプラウザや閲覧環境によって、変更されずに公式表記ではない文字で表示されることがあります)
2024年1月7日 記事内の広告を削除。