2024年10月2日水曜日

ブランクやスランプは『種火』で乗り切る


 4年10ヶ月――およそ5年間のブランクを経て、ようやく作家活動を再開することができました。

 長期間のブランクがあると、スキル(技能)や感覚がうしなわれてしまい、もとの状態になかなかもどれなかったりするのですが……。

 およそ5年のブランクがあったにもかかわらず、ほとんど影響がないまま、以前とおなじように作家活動をおこなうことができています。

 これはやっぱり、『種火(たねび)』の効果だと思います。


『種火』がブランクやスランプの苦悩を軽減する


 私が『種火』という考え方に出会ったのは、2007年8月25日にNHKで放送された『トップランナー』というトーク番組でした。

 このときのゲストは、画家の山口晃(やまぐち あきら)さん。

リンクは ミヅマアートギャラリー 様のアーティスト・ページです。


 この番組の後半に、会場の観覧者からの質問を受け付けるコーナーがあります。
 このコーナーで、観覧者の女性が山口さんにこんな質問をしました。
「制作におけるモチベーションを保つために、ふだんから心がけていらっしゃることがあれば、教えてください」

 山口さんは答えます。

「『釜(かま)の火を完全に落とさないように』というのは心がけていまして――
『釜の火』というのは、たとえば、ボイラーで動くような船だったら、火を落としちゃうと(また火をつけるのに)でっかいボイラーほど時間がかかるんですね。
 なのでこう、大きい作品をやっているときほど『種火』を大きくしておくと言いますか……
 ですから『休んでもぜんぶ休まない』というのが(休んでいるときの)状態になるという感じで、最低限の回転数を必要以上に落とさないように心がけておりますけど」


 この話、私にはとても衝撃的でした。
 心がふっと軽くなったような、ずっと解(と)けなかった謎がやっと解けたかのような、そんな感じがしました。

 そう、種火!
 ブランクやスランプを乗り切る秘訣(ひけつ)は、これだったんですよ!


 ページ内目次


ブランクの影響を『種火』で軽減する


 こうして作家活動を再開するまでの4年10ヶ月のあいだ、地元のドラッグストアで夜勤のバイトをしたり、食品工場で1日10時間以上の労働を週6日でやったり、作家とはまったく関係のないことをやっていました。
 時間と体力を使い果たしていたので、創作をする余裕なんてありません。

 ですが、種火は絶対に消さないように心がけていました。

 ドラッグストアや食品工場に勤めていたときも、種火はずっとつけていました。
 もちろん勤務時間は仕事に集中しているので、創作や作家活動に関することを考えている余裕なんてありません。
 ですが、ほんのわずかでも時間ができたら、創作や作家活動に意識をむけるようにしました。

 創作や作家活動に関することをまったく考えないまま一日を終えてしまうと、火が消えてしまいます。
 ですが、わずかな時間でも創作や作家活動に意識をむけると、種火はついたままになります
 直接的な創作や作家活動はできなくても、それについて考えるだけで、火は消えずに残るんですね。

 どんなに忙しくても、意識を切り替えることは可能です。

仕事の休憩時間――
仕事を終えて帰宅するときの帰り道――
交差点で信号待ちをしている時間――
買い物をしているときのレジ待ちの時間――

 そんなわずかな時間で充分に効果があります。
 信号待ちや、レジに並んでいるときの待ち時間に、イライラしてむだに脳を疲弊させるよりも、はるかに有意義です。

 一日のあいだに、ほんのわずかでも創作や作家活動について考える時間をもつ――
 それによって「自分は作家だ」という意識を維持することができます。
 ブランクを乗り切るにあたって、それがいちばん大きかったと思います。

 作家とはまったく関係のない生活をしていると、作家としてのスキルや経験を、脳は「不要なもの」とみなして消去してしまいますからね。
 まさにそれが、「火が消えた状態」です。

 ですが、
「私は作家だ」
 という強い気持ちがあると、脳は作家のスキルや経験を「必要なもの」と判断するので、うしなわれたりしません。
 作家としての自覚をもちつづけることで、種火を維持し、ブランクの影響を最小限にくいとめることができました。


 また、文章に関しては、時間がとれたときに「自分の言葉を引きだす文章練習法」を実践(じっせん)して、文章力がうしなわれないように心がけました。

「自分の言葉を引きだす練習法」については、こちらをご参照ください


スランプの時期を『種火』でやりすごす


 この『種火』という考え方は、スランプ(不調)を乗り切るときにも役立ちます。

 創作をしている人だけではなく、真剣に何かに打ち込んでいる人であれば、スランプにおちいるという経験はさけられないと思います。

 スランプになると、はやくその状態から抜けだそうとして、むりしてがんばったりしがちなのですが……。

 不調の状態のままがんばると、ブレーキとアクセルを同時に踏み込んでいるような状態になり、心に強い負荷がかかってしまいます。
 その結果、逆効果になることが多いんですね。

「自分はいま、スランプだ」
 そう感じたら、あせったり、むりをしてがんばったりせずに、
「いまは『種火』でいい」
 と気持ちを切り替えたほうが、スムーズにスランプから抜けだせます。


 一年365日、いつも燃えていようとしても、それは不可能です。
 生命体である人間には「バイオリズム」がありますので、好不調の波はかならずやってきます。

 どんなに好きなことでも、継続してやっていればスランプの時期がくるのは当たり前なんですね。


 私の場合は、調子がでないときはむりをして成果をあげようとせずに、最低限のことだけをやって、種火だけは消さないように心がけています。

 プロットをつくっている段階のときは、アイデア・メモや、これまでにつくった設定表を読み返したりします。

本条克明のアイデア・メモ

プロットの意味や、アイデア・メモについては、こちらをご参考ください


 執筆の段階のときは、これまでに書いた文章を読み返したり、次に書くシーンのプロットを確認したりします。

「私はいま、スランプだ」
 そう感じているときは、創作に関することは10~15分、長くても30分くらいで終わらせるようにして、何かほかのこと――気分転換になるようなことをやるようにします。
 そうやってスランプの時期をやりすごして、調子があがるのを待ちます。

 スランプのときに、あせって、むりしてがんばったりすると、やがて脳が拒絶反応を起こして、モチベーション(意欲)が完全にうしなわれる可能性があります。
 しかも不調のときにつくったものというのは、質の良くないものになりがちです。
 むりしてがんばったあげく、クオリティの低いものしかできないというのでは、自分があまりにも可哀相(かわいそう)です。

 スランプのときは、「休む勇気」も必要です

 ただ、休んでいるときに創作や作家活動のことを頭から完全に追い払ってしまうと、再開したときに感覚がなかなかもどりません。
 これまで積み重ねてきたものがうしなわれて、また最初からスキルをみがき直すはめになったりします。

 ここで『種火』が役に立つんですね。

 最低限の火を消さないこと――
 それなら不調のときでも簡単にできます。
 しかも、これまで積みあげてきたスキルや感覚がうしなわれることなく、スムーズにまた火を燃やすことができます。


 また、これは私だけかもしれませんが、
「種火だけでいいや」
 と思うと、不思議なもので、種火以上の火がついてしまったりするんですよね(笑
 プロットを読み直すだけのつもりが、いつの間にか夢中になっていて、気がついたら書いていた――なんてことも多々あります。

 そんな感じで、『種火』という考え方をするようになってからは、力(りき)むことなく、良いかたちでスランプから抜けだせるようになりました。

あせらずに、好不調の波があるのを受け入れること――
ときには「休む勇気」をもつこと――
いつでも『種火』はつけていること――

 それが、私が実践しているスランプ脱出法です。


つらい時期を乗り越える冴えたやり方


 継続して何かにとりくんでいれば、ブランクやスランプの時期はやってくると思います。

 そんなときは、
「種火さえついていれば、だいじょうぶ」
 という楽(らく)な気持ちでいたほうが、良いかたちでつらい時期をやりすごすことができます。

 そして、
 また活動を再開できたときに――
 また調子があがってきたときに――
 一気に燃えあがりましょう(笑

 それが、ブランクやスランプを乗り越えるもっとも冴(さ)えたやり方だと、私は思うんだ。


関連しているお話